8. 細菌検査
β溶血性レンサ球菌の検査はどのように実施されていますか?
表-7には,ヒトに病原性を示しβ溶血性を示すレンサ球菌について,鑑別のキーポイントとなる主な性状のみを示します。
1) 最も重要なのは血液寒天培地上のβ溶血性の強弱です。図-32に典型的な GAS,SDSE,GBS,S. anginosus group の Streptococcus constellatus を示します。溶血性の強弱と溶血環の大きさ,コロニーの大きさは一般的には写真の通りです。同じ培養条件下では,SDSE がコロニーも大きく溶血環がクリアーなのに対し,GAS はややコロニーが小さく溶血環もやや小さい特徴がみられます。GBS の溶血はさらに弱く,培地の底部まで溶血反応がみられることはまずありません。
2) 次に,重要なのは Lancefield の凝集試験です。
3) その他に,バシトラシン感受性試験と pyrrolidonyl arylamidase(PYR)試験があります。これらの試験では GAS のみが陽性で,GBS や SDSE は陰性です。
4) さらにいろいろな生化学的性状を調べるには,API strep®や自動化機器が用いられますが,表の基本性状を踏まえた上での判断が必要です。
Lancefield の凝集試験とはどのようなものですか?
Lancefield の凝集試験とは本法を確立した研究者の名前をつけてこのように呼ばれ,今でも世界的に通用する方法です。Lancefield はレンサ球菌の細胞壁に群特異的な多糖体(C-polysaccharide: C多糖体)があるのを見いだし,それを抗原として精製,ウサギに接種して抗体を作らせ抗血清としています。現在では,ラテックス凝集反応試薬が市販されています。群特異的な多糖体抗原は20種類が知られていますが,これらの抗血清と検査するレンサ球菌の抽出液とを混合しますと,図-33のように対応する抗血清との間に数分で凝集反応がみられます。
ヒトの感染症と関わりのあるのは A群,B群,C群,G群,F群,D群(腸球菌は現在 Enterococcus 属として別に分類されています)などで,従来はこの方法で A群に凝集すれば菌種として S. pyogenes, B群であれば S. agalactiae としてもほとんど間違いはありませんでした。
しかし,SDSE や S. anginosus group が注目されるに従い,凝集法が確立された当時にはみられなかった問題がでてきました。16S rRNA 解析や生化学的性状に基づいてレンサ球菌の分類を行いますと,SDSE や S. anginosus group に属する菌には,いくつかの群が含まれることが明らかになってきたからです。
例えば,SDSE の90%は G群,9%は C群,まれに A群(<1%)に凝集する株もあります。
凝集試験は極めて優れた方法ですが, Lancefield の群別のみでは正確な菌種名は付けられないことになります。
高価なキットを使わずに GAS とSDSE を鑑別できないのでしょうか?
PYR 試験を実施するのが最も安価であると思います。
図-34に Lancefield の凝集試験でA群に凝集したβ溶血性レンサ球菌2株の PYR 試験の結果を示します。PYR 陽性,すなわちアリルアミダーゼ活性を保持するのが S. pyogenes,PYR 陰性は S. dysgalactiae subsp. equisimilis となります。
臨床現場でβ溶血性レンサ球菌の有無を判定できるキットはあるのですか?
GAS の検査のみ,外来診療で使用できるキットが市販されています。ただし,咽頭/扁桃炎等に限られており,また,それほど検出感度が優れているわけではありません。
問題は,キットを用いて検査材料を直接検査(POCT といいます)してしまいますと,保険診療上培養検査はできない仕組みになっています。このため,臨床症状と POCT 陽性であれば迅速に GAS 感染と診断できるメリットはあるものの,前述したように各種抗菌薬に対する耐性化が進みますと,薬剤感受性試験が必要となる問題もあります。
PCR による迅速検索は可能なのですか?
各種検査材料に含まれる S. pyogenes, S. dysgalactiae subsp. equisimilis,S. agalactiae の有無は,本研究事業によって既に real-time PCR 法による迅速診断法が確立されています。
基本的には 16S rRNA の検索と,菌種特異的な遺伝子として GAS と SDSE 用に streptolysin O(slo),GBS 用にヒスチジンキナーゼをコードする dltS 遺伝子検索を組み合わせています。重症感染症由来の髄液,胸水,関節液などの検索が,高い感度と精度で2時間以内に検索可能です(図-35)。
非溶血性の GAS がまれにあるということですが?
恐らく過去にもそのような菌株は存在したのでしょうが,近年そのような非溶血性の株が GAS,SDSE,GBS のいずれにおいても散見されるようになってきました。
吉野ら(Yoshino et al., J Clin Microbiol. 48:635-,2010)は GAS の溶血性に関わる streptolysin S をコードする sag オペロン(sagA から sagI 領域)の遺伝子解析を行い,非溶血株では sagA を含む領域が大きく欠失していることを報告しています。
釣菌の指標であった溶血性でレンサ球菌が推定できなくなりますと,非無菌検査材料の咽頭ぬぐい液や喀痰などからの釣菌はかなり難しくなります。
なお,一部には溶血性を失ったのであるから,病原性は低下しているのではとの見解もありますが,そのようなことはありません。