III. β溶血性レンサ球菌
4. B群溶血性レンサ球菌(GBS)
1) 小児における疾患と年齢分布
先ず,新生児における侵襲性GBS感染症の疾患と年齢分布を図-24に示します。2006年以降に送付を受けた菌株は合計150株ありました。
新生児GBS感染症は,生後6日以内に発症する早発型感染(Early-Onset Disease: EOD)と,7日以降89日までの間に発症する遅発型感染(Late-Onset Disease: LOD)とに区別されます。前者では出生時における産道感染が主体ですが,後者では産道感染と児に関わる周囲の人達からの水平感染もあります。
新生児における侵襲性GBS感染症を予防する目的で,米国では1996年に最初のガイドラインが作成されました。その後,何回かの改定を経て2010年のガイドラインに至っています。日本産科婦人科学会によっても2008年に「GBS感染症予防対策ガイドライン」が公表され,さらに2011年に改訂版が作成されています。現在,これらのガイドラインに基づいて,妊娠33-37週の妊婦に対するGBS保菌検査が実施されています。
図からも明らかなように,早発型は少なく遅発型が圧倒的に多くなっています。しかも生直後0-1日の早発型では敗血症が多く,その後化膿性髄膜炎が多くなってきます。これに対し,遅発型では化膿性髄膜炎が明らかに多く,次いで敗血症ですが,その他に化膿性関節炎などもみられています。
2) 小児由来株の莢膜型
図-25には分離株の莢膜型の成績を示します。
GBSの莢膜型は現在10種が知られています(Ia,Ib,II,III,IV,V,VI,VII,VIII,IX)。
EOD例においてはIa型,III型,Ib型の順で多く,その他にII型やVI型による発症例も認められますが,前3タイプで73.9%を占めています。LODにおいてはさらに特徴的で,III型が66%を占め,Ia型とIb型を併せますと実に95%を占めています。欧米の同様の成績では莢膜型にややばらつきがみられ,III型が多いといってもこれほど高い割合では分離されていません。
一方,妊娠後期のGBS予防検査において分離された菌株の中にこれらの型がどの程度存在しているのかが問題となります。
図-26には,順天堂大学医学部附属静岡病院産婦人科・五十嵐医師の成績(PCRによるGBSの迅速検査を私どもと共同研究)を示します。妊娠36-39週の500例の膣から採取された材料を検査していますが,GBSが培養陽性であったのは13.0%,PCR併用例で20.2%が陽性でした。
分離菌の莢膜型をみますと,III型の割合は12%と低いのです。この成績を先の新生児の成績と見比べますと,妊婦が保菌するGBSはすべて等しく発症の引き金になるわけではないということです。
つまり,GBS予防検査においてはGBSが陽性であるか否かに加え,菌量や莢膜型まで短時間で明らかにできれば,GBSの監視が効率的であることを物語っています。
もうひとつ重要なことを付け加えておきます。先のEOD例においては26.1%,LOD例においては19.1%が低出生体重児であったことです。しかもEODの21.7%,LODでは7.9%が予後不良(死亡あるいは後遺症(+))でした。当該例の母親はGBS検査の対象期間から外れている場合が意外に多いのです。このままの検査体制ですと,これ以上ハイリスクなGBS感染症を減らすことはできないと考えられます。
今後早急に,i) GBS検査の時期と回数は現行のままでよいのか,ii) 感度に優れた迅速診断法を導入することの妥当性,iii) GBS陽性例に対する抗菌薬投与のあり方,iv) 生後3ヶ月までのフォローアップ体制,v) 妊婦への早い段階での感染症リスクに対する啓発活動などに対する速やかな取り組みが望まれます。
3) 小児由来GBSのMLST解析
Multilocus Sequence Typing (MLST)とは,ゲノム上の保存性の高い7つの遺伝子(housekeeping gene)の塩基配列解析を行い,各遺伝子配列を既存株のデータベースと比較し,それを数値化(アレルプロファイルという)する手法です。これを基にSequence Type(ST)を決定します。
図-27には,MLST解析したSTの成績を莢膜型との関連で示します。III型ではST17,ST19がメインでその他にST335とST27が認められます。ST17は病原性が高いと報告されている型で,ST19とは由来が異なります。
莢膜Ia型はST23,IbではST10が優位です。いずれにしてもIII型といっても由来の異なるものが混在していることが示されています。
4) 小児由来株のSTとClonal Complexとの関係
図-28にはGBSにおける主要なSTがいずれのClonal Complex(CC)に属するのかについて示します。
特に莢膜III型のST27,ST335はST19と1遺伝子のみの違いであることが示されています。
注目されるのはCC17ですが,このCCはウシ由来のCC67に近いことが判ります。ゲノム全体としては必ずしもウシ由来のGBSに近いわけではありませんが,莢膜をコードする遺伝子および7つのhousekeeping geneは,ヒトとウシ由来で近似しているということになります。
莢膜Ia型に多いST23はCC23に属するものですが,このCCはCC19,CC1,CC10,およびCC17とはかなり異なっています。
5) 小児由来GBS株の薬剤感受性
表-5には,新生児の治療ならびにGBS陽性の妊婦に対して出産時に使用される可能性のある抗菌薬感受性成績を示します。成人由来株にはPRGBSが出現していますが,新生児由来株には認められていません。しかし,成人由来の莢膜III型菌にPRGBSが既に認められていることから,今後十分な監視が必要です。
なお,出産時にペニシリン系薬の予防投与ができない妊婦に対しては,クリンダマイシンやエリスロマイシンの使用,それらが耐性の場合にはバンコマイシンが推奨されています(産婦人科診療ガイドライン参照)。
6) 成人由来GBS株の莢膜型と抗菌薬感受性
図-29には成人の血液あるいは髄液等から分離されたGBS株の莢膜型について,2006年,2010年,そして2011年以降の成績を示します。
新生児ではIII型が圧倒的に多く,次いでIa型とIb型で全体の95%を占め,その他の莢膜型は極めてまれでした。新生児の成績とこれら成人由来株を比較しますと,明らかに異なっていることが判ります。
すなわち,成人では常にIb型の割合が30%を占め,次いでV型であり,その他Ia型,III型,VI型,VIII型など多彩です。
それでは成人におけるIb型は病原性が高いのかというと必ずしもそうではなく,むしろ耐性菌の多いことと関連しているように思います。
PRGBSの出現が注目されていますが,侵襲性感染症由来株では表-6に示すように,1%程度です。むしろ前投与薬として使用されているマクロライド系薬やニューキノロン系薬に対する耐性化が進行し,特にIb型の大多数がgyrA変異とparC変異を有するニューキノロン系薬高度耐性菌であることが注目されます。
7) 成人由来GBS株のMLST解析
図-30には,成人由来のGBS株についてMLST解析したSTに関する成績を莢膜型との関連で示します。
最も菌株数の多いIb型の90%はST10で,このタイプが全国に拡散していることが示されています。III型では小児にみられる病原性の高いST17もわずかに認められましたが,ST19,ST335を含めて8タイプのST型が存在しています。
莢膜Ia型ではST23を含めて4タイプ,II型でもST1を含めて4タイプ,V型では5タイプと次第に多様化(housekeeping geneに変異が挿入され始めていること)しつつあることが明らかです。
8) 患者背景因子,臨床検査値と予後との関係
表-7には,成人の侵襲性GBS感染症例を予後良好群と予後不良群に分けて,男女の別,年齢別(65歳以上/65歳未満),疾患別(肺炎あるいは敗血症/その他の疾患),基礎疾患の別,基礎疾患の有無について有意差があるか否か統計学的解析を行なった成績です。予後不良群は入院後1ヶ月以内に死亡し,かつGBS感染が関わっていたと推定された症例のみに限っています。
男性であること,65歳以上であること,敗血症や肺炎例であることが予後不良因子であることが判ります。基礎疾患については90%の症例が何らかを保持しており,GBS感染を引き起こすトリガーにはなっていますが,予後の良否を規定する因子にはなっていませんでした(P = 0.584)。
入院時の臨床検査値と予後との関係は表-8に示します。表中に示したブレイクポイント(BP)で予後良好群と予後不良群を区別していますが,すべての項目において有意差が認められています。ただし,オッズ比はGAS等に較べると高くはないことがわかります。つまり,両群間に有意差はあるものの,その差は比較的小さいといえます。
オッズ比が高かったのはBUNの6.0倍,次いでPLTの4倍,AST,クレアチニンの3.6倍程度でした。
9) GBSのまとめ
GBSは本来病原性の高い菌ではなく,多くのヒトが腸管や膣に保菌しています。しかし出産時にアクシデントがあった場合,あるいは児にリスクがあった場合には,児が少数の菌を飲み込んだだけでもGBS感染を惹起しやすくなります。保菌妊婦に対して出産時に抗菌薬の予防投与を行なったからといって安心できるわけではありません。退院後の日常的予防対策をしっかりと教育する必要があります。
成人のGBS感染症を重篤化させないためには,基礎疾患を有し,高齢の男性であること,肺炎や敗血症例で特に腎機能が低下している際には要注意です。