HOME > 速報(平成24年度・疫学解析):β溶血性レンサ球菌~A群溶血性レンサ球菌 (GAS)

速報(平成24年度・疫学解析)~β溶血性レンサ球菌

III. β溶血性レンサ球菌

2. A群溶血性レンサ球菌 (GAS)

1) 疾患と年齢分布

図-16にはGASによる発症例の年齢分布と疾患の関係を示します。

GAS感染症ではSTSSおよび壊死性筋膜炎が最も問題となりますが,図からも明らかなように30-40代と60代以上に多いことが示されています。その他の疾患は全年齢層でみられます。30-40代で全身性のレンサ球菌感染症が疑われる場合,幼児・学童を介した家庭内での感染も考えられます。このような劇症例に遭遇した場合,その地域で小児間にGASによる咽頭/扁桃炎が流行していないか調べる必要があります。

また,60代以上で化膿性髄膜炎が散見されます。一般的にGBSによる化膿性髄膜炎は多いのですが,GASによる例は滅多に認められません。しかし,年齢の高い発症例ではそのような疾患もみられるということになります。

2) 経年的emm型の変化

GASの病原因子としては,先ず菌体の表層に存在している繊維状のMタンパクが重要です。このタンパクは,菌がヒト上皮細胞に付着する上で最も重要な分子であり,また菌がヒトの免疫機構から逃れて侵入するシステムでもあります。

emm型別とは,このMタンパクをコードしているemm遺伝子の塩基配列を解析した結果です。Mタンパクの先端部分は多様性に富むため,この領域の塩基配列を解読(シークエンス)し,そのデータをCDCが管理するWebサイト上の登録データとマッチングして,それぞれの菌のemm型が得られます。

図-17は,2006年,2010年,2011-2012年前半に収集された菌株のemm型に関する経年的変化です。GASのemm型は現在150種以上が登録されていますが,図に見られるように侵襲性感染症由来株の40%近くは依然としてemm1型です。後述しますが,この型に予後不良例(死亡や後遺症を残した例)が有意に多く,emm型の中でも極めて重要な型です。

ちなみに,咽頭/扁桃炎由来のGASでも,従来優位であったemm12emm4型に替わってemm1型が流行しています(GAS研究会(代表:(財)博慈会記念総合病院小児科 田島 剛,未発表)。

この背景にはマクロライド系薬耐性菌の増加やニューキノロン系薬の抗菌力が余り優れていないことがあり,処方されたこれらの薬剤を服用しても2-3日で臨床症状の改善が見られない場合は,特に要注意です。

β溶血性レンサ球菌感染症には今でもペニシリン系薬が第一選択薬剤です。

emm1型株は,培地上ではムコイド型のコロニーを形成することが多く,嫌気培養でムコイドはさらに増強されます。

その他にはさまざまな型が分離されていますが,2006年には12%も分離されていたemm49型が2011年には激減しています。それとは対照的に,emm89型の割合が急速に高まってきています。ここには示していませんが咽頭/扁桃炎由来株でもこの型の割合が高まっており,今後その動向には注意が必要です。

3) 薬剤耐性化状況

GBSにはペニシリン軽度耐性株(PRGBS)が出現していますが,GASでは耐性菌の報告はみられていません。わが国では小児の咽頭炎・扁桃炎の治療にはペニシリン,あるいは第三世代経口セフェム系薬が使用され,概ね良好な治療効果が得られていますが,それでも7.6%程度に再発・再燃例が認められています。ちなみに,ABPCとAMPCのMIC90は0.031μg/mL,CFDNのそれは0.016μg/mL,CDTRは0.008μg/mLです。注射薬ではCTXのMIC90が0.016μg/mL,PAPMのそれは0.008μg/mL,MEPMは0.031μg/mLです。

他方,成人の呼吸器感染症には多くの場合,マクロライド(ML)やニューキノロン(FQ)系薬が処方されています。

しかし,図-18に示すように,近年ML耐性菌が急速に増加してきています。その一因はemm1型菌の増加にあり,その大多数がmefA遺伝子保持株です。増加傾向にあるemm89型には耐性菌は少ないのですが,emm12emm28にもML耐性菌が多いのです。ML薬ではML耐性菌の除菌は不可能であることが既に臨床的に明らかにされています(中山栄一ら,日化療誌,2004)。

FQ薬耐性も既に15%程度認められています。

4) 患者背景因子と予後との関係
i) 経緯

それぞれの菌種において,入院時におけるどのような患者背景因子と血液検査値が予後と関連しているのか明らかにすることも,本研究事業の大きな目的のひとつでした。その理由は,STSSの定義はありますが,症例がどのような病態の時に迅速な処置を必要とするのか,不明な部分も見受けられたことによります。

このような解析は多数の正確な臨床データが蓄積されてこそ可能なことでありますが,2006年の研究では検査値について最低限のデータしか収集しませんでした。残念ながら,それでは臨床に役立つ本質的な実態が明らかにできていないという結論に至りました。

このため,2010年以降(研究班2期目),協力者の皆様に多大なご負担をかけながらアンケート用紙に検査値等,多項目のご記入をお願いすることになりました。対象となった症例の実に70%近い症例についてアンケート用紙への回答を頂戴し,ここに記す予後因子に関する統計解析が可能となりました。

ii) 患者背景因子と予後

表-3には,GAS例の性別,年齢(65歳以上/65歳未満),疾患(STSSあるいは壊死性筋膜炎/その他の疾患),基礎疾患別,あるいは基礎疾患の有無,そして起炎菌であるGASがemm1であったか否かについて,予後良好群(後遺症なしと回答いただいた例)と予後不良群(死亡例のみ)について解析した成績です。ほとんどの項目で有意差(P < 0.001)が認められています。また,オッズ比は該当項目の予後不良群での予後良好群に対する倍率を示しています。基礎疾患保持例では予後不良となりやすいこと,なかでも肝機能障害と糖尿病保持例が有意であることが判ります。

iii) GASのemm型と予後との関係

図-19には,死亡例において起炎菌がemm1型菌であったかその他の型であったのかに分け,入院後の死亡に至る在院日数を示します。

emm1型による例では中央値が1日,ほとんどが入院2日目までに死亡と急激な転帰をとっています。その他の型による平均9日とは有意差があります(P < 0.001)。

iv) 臨床検査値と予後

検査値と予後との関係は表-4に示します。検査項目の下段に示した検査値のブレイクポイントで識別して解析しますと,いずれの項目においても予後良好群と死亡群の間には明らかな有意差が認められました。中でも,死亡群でオッズ比の高かった項目を順に記しますと,CKが198 IU/L以上,WBCが4,000/μL未満,クレアチニンが1.5mg/dL以上,LDHが245 IU/L以上,BUNが22mg/dL以上,ASTが50 IU/L以上,そしてPLTが12×104/μL未満であった項目となっています。

5) 予後を左右する因子のスコアリングモデル

患者背景因子と予後との関係について,目的変数を予後良好群と予後不良群の2項目とし,説明変数を表-3と表-4に示した症例の背景因子と血液検査項目(入院後数時間で得られる項目のみに限定)として多変量解析を行ない,いずれの項目が死亡と最も関連しているのかを調べました。そのうち,有意差があった項目のオッズ比を図-20-aに示します。

WBCが4,000/μL未満であることがオッズ比10.0で死亡と最も関連しています。次いでCKが198 IU/L以上であることとクレアチニンが1.5mg/dL以上であることがオッズ比5.6と5.0で関連しています。その他に死亡と関連していたのは,年齢(65歳以上),疾患(STSS+NF),基礎疾患(有),PLT(12×104/μL未満)の計7項目でした。

これら7項目で得られたオッズ比に重み付けを行ってスコア化し,改めて死亡群(予後不良群),後遺症を残した群(統計解析には加えていない),そして予後良好群の実測値に対しスコアリングを行ない,3群をBox-and-whisker plot methodで解析したのが図-20-bです。死亡群のスコアは5以上,予後良好群では4以下であり,明らかに別の集団であることが示されています。そして後遺症を残した群はどちらかといえば死亡に近いスコアになっています。GAS例でここに示した項目が多ければ多いほどその予後は不良となる可能性が示唆されるということが言えます。

ただし,ここに示したスコアリングモデルは,あくまでも疫学解析から導き出されたものであり,今後侵襲性GAS感染症例に対して実際に当てはめられ,その妥当性について評価されなければならないと考えています。

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2023年現在:
東京医科大学微生物学分野
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